鈴木健.txt/場外乱闘 番外編 Vol.108

スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ株式会社発行)では、毎月旬なゲスト選手が語る「鈴木健.txtの場外乱闘」が連載されています。現在発売中の2026年2月号では、第139回(本誌ナンバリング)ゲストとしてウナギ・サヤカ選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!

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ウナギ・サヤカx鈴木健.txt 場外乱闘 番外編

「こいつは面白い」って
出逢う人すべてに思われたい

ウナギ・サヤカ

自主興行を続けていく上で円滑な
関係性を築く必要はないと思っています

2・1後楽園ホールまで自主興行7連戦として引退する選手とのシングルマッチ連戦を続けてきたウナギ選手ですが、2022年末にそれまで所属していたスターダムを離れた時点で、自主興行を開催するという考えは頭の中にあったんでしょうか。

ウナギ 考えていなかったです。(スターダムを)クビになったあと、周りから「団体を作れ」って、メッチャ言われたんです。そんなにいろんなことをやるんだったら、もう団体としてやった方がいいからって。今で言ったら、イケメンさん(黒潮TOKYOジャパン)が始めたUP-TOWNのようなものですよね。それはかなりの関係者、お客さんを含め言われました。でも、なんか団体っていうのは違うよなあって思って。それで最初の形として、会社を作ったんです。

2023年6月21日に株式会社ウナギカブキが設立されました。

ウナギ そこは、ちょっと呼ばれるだけのフリーみたいな感じじゃなくて、自分でやっていくことを考えた中での形だったんです。それでも自主興行をやってほしいとか、団体を作ってほしいとか、かなりいろいろ言われていたんですけど、やるならデカくやりたいと思って動き始めて、翌年の2024年1月7日に後楽園ホールで自主興行をやったっていうのが始まりで。でも、これは別に優劣をつけるつもりで言うわけではないんですけど、普通は新木場1stRINGや新宿FACEのキャパから始めるものを、いきなり1000人超えの後楽園ホールで何もやったことがないのにやったものだから、本当に想像を絶する仕事量だったんです。それでもうやりたくないと思っていたんですけど…。

一発目で心が折れかけた。

ウナギ でも、お客さんが入ってあれほどに応援してもらって、あんなに幸せな空間になっちゃったら締めのマイクで「東京ドームでやります!」って言っちゃっていましたね。

自主興行を考えていなかったのは、いわゆるフリーの選手としてさまざまな団体に上がる活動の仕方を描いていたんですか。

ウナギ いやいや、描いていないです。だって、全部乗り込んでいるだけなんで。ぶっちゃけ、試合が決まるかどうかも正直わからない状況でしたから。何もしなくても1ヵ月に10試合組んでもらえる状態から、いきなりフリーになったんでゼロじゃないですか。だから、本当に死ぬ気でやらないとプロレスできるかもわからない状況でした。しかも乗り込んでいくわけなので、出られる約束も何もしていない。だから、計画的に考えるような余裕はまったくなかったですね。ここでいかなかったら、自分の明日がなくなる方が大きかったので。私は東京女子プロレスからスターダムに入って、どちらもほぼ鎖国状態の団体じゃないですけど、ヨソの団体だったら他団体にも出て関係性もあって、人間性も知っててっていうところから始められるんですけど、私の場合は全員他人でしたから誰も知らないし、誰との関係性もないし、その団体のことさえ何も知らないところからの始まりだったので。

プロレスラーになる前、アイドルとして芸能活動を続けていました。その経歴を見て、自分で道を切り拓いていくセルフプロデュースに長けていたという印象を持ったのですが。

ウナギ そんな感じではなかったんです。本当のところは、オーディションを受けにいって受かったらそれをやるみたいなことが多かったので、何か決められた流れの枠組の中でただやるみたいな。なので、セルフプロデュースでやろうという感覚なんてなかったです。プロレスラーになってからも、スターダムにいけばトップになれると思っていたぐらいで。アイドルをやっていた時期も自分でやろうものならヤケドしかしないのはわかっていたし。ライブの人数、お客さんよりアイドルの人数の方が多いなんてことも全然ありましたから。だからこうして独立するまでは、決められたことに対し一生懸命ゴマすって出してもらっていたスタイルでした。

だとすると、フリーランスのプロレスラーになったことで劇的に変わったんですね。

ウナギ 前例がないものを作った感覚はありますよね。今までフリーでこんな乱暴なやり方でプロレスをやっている人はいないと思うんで。私がやり始めた時はSNSやYouTubeで「何かやっているよ」みたいにすごく悪く言われていましたけど、今はみんなやっていますからね。乗り込んでいって、流れができてというスタイルを作ったのは私だって思っているんですけど、それまでなかったものをやっているから確信なんてなかった。

誰もやっていないスタイルを切り拓いていくことにやり甲斐や楽しさを感じられていた?

ウナギ もともと楽しいことを考えるのは好きだったし、どうせやるなら楽しい方がいいんじゃないの?っていう感じなので。ただ、本当にそんな余裕もなかったんですよ。受け入れられない方が多かったから。死ぬほどブーイングされ、EVO女(プロレスリングEvolution)でもされ、仙女(センダイガールズプロレスリング)でもされで、普通の人だったら心折れるんじゃないですか。もう、出るのはやめとこうってなるのが当たり前だと思います。私はたぶん、そこが強かったんで心が折れなかっただけで、手応えがありましたとか楽しんでやっていますみたいな、そんなノリじゃなかったです。

まったく関係性もない中から始めたと言われましたが、自主興行を続けていく中で関係を築いていない選手たちに出場してもらうために、円滑な関係性を築くべく心がけていたことはあったんですか。

ウナギ そこは関係性を作ろうとする必要がないと思っています。なんか、そういうのが気持ち悪いなって思うんですよ、私。闘いだし、一番にならなきゃいけないんだから、円滑だとか空気を読むとかまったくしていないですね。自分がやりたいようにすべてをやった結果、おまえらもやる?っていうスタイルで来ているんで。私はプロレスを見てこなかったから、ジャガー横田(フリー)があんなに偉い人だということも知らなかった。だから「おい、ジャガー!」ってワーッといけた。なので、うまくやろうとしたことは一回もないかもしれないですね。

それでもこうしてみんなが協力してくれるわけですよね。それは何によるものなのだろうと。

ウナギ 結果的にはそうですね。それもたぶん「ほかにいなかったから」というのがあります。長与千種(プロレスリングマーベラス)のように言ってくる人が一人もいなかったから、面白がってやってくれているんだと思います。鈴木みのる(フリー)に「おい、みのる!」っていく人はいないじゃないですか。それを面白がって一緒にやってくれているんだろうなっていうのはありますね。私、レスラーの人たちに対しては退いちゃダメだと思っていて。だって先輩でもぶん殴らなきゃいけないんだから、先輩とか関係ないと思っているんですよ。絶対に退かないって決めてやっているんで、そこに気づいたみんなが「こいつはおもろいことをやっているな」っていう感じになっている。なおかつ両国国技館で自主興行をやって1600万円の赤字を出して、やらかしもちゃんとやって。だからみんなも助けてあげなきゃいけないかもみたいな感じで助けてくれるし。迷わずにやることを面白いと思って一緒にやろうと思ってくれる人たちは増えてきたなっていう実感があります。

引退する5人とやりたかったのは
ひめか引退の時に後悔が残ったから

円滑な関係性を築こうとしなくてもそうなるのが独特です。

ウナギ それを言ったら東京ドームの関係者の方も、最初は選手と会場の普通の関係でしたけど、1・7の自主興行の時に私は後楽園ホールを普通に使いたくなくて。誰よりも一番いいやり方で使ってやろうってカーテンのところを全部金色の装飾にして、まだお正月期間だったから門松と金屏風を立ててっていうのを考えて「こういう後楽園の使い方をやったやつはいるのか」ってポストしたら「これは東京ドームへの挑戦状ですよね?」っていう感じで向こうから歩み寄ってきたんです。それで「こういう使い方をしてくれる人はいなかったから本当に感動しました」というように言ってくれて。そういうパターンが多いです。

面白いと思ってもらえることに価値を持たれているのであれば、それを継続していかなければならない立場にあります。

ウナギ でも、そういう意味で何かをやっていかなきゃいけないとも思っていないんですよ。自分がやりたいことをやるだけなんで、やっていかなければいけないっていう思考がないんですよね。それでも発想は止まらないんです。あれやりたいこれやりたいが、一つのことをやりながらどんどんほかに出てくる。だからそれがなくなった時に引退するんだろうなと思うんですけど…なんか止まらないんですよね。いつも打ち合わせしながら次の発想、次のやりたいことが出てきちゃうからどんどん脱線して、これってできますかとか、あれってどうやったらできるんですかみたいな方がいっぱいになっちゃう。

東京ドームに進出した時のやりたいことも、おぼろげなイメージのようなものとして頭の中にはあるんですか。

ウナギ そこはまだですね。というのも、今年(2025年)一年やってきた中でもいると思っていた人がいなくなることが連鎖したんで。本当に、女子レスラーだけで何人引退したんだろうっていうぐらい続いたじゃないですか。里村(明衣子=センダイガールズ)さんが引退するとなってワンマッチ興行(2・16後楽園)をやろうとしたわけじゃなかったんですよ。「里村明衣子、引退します。やりたいプロレスラーは名を挙げてこい」って言われた時に、もちろんやりたいって瞬間的に思ったんですけど、普通にやりたいですと言ってやる人はいっぱいいるじゃないですか。それで里村明衣子の記憶に残らないのは嫌だなと思って、一番記憶に残るやり方でやるとしたらワンマッチ興行しかないなと思ってやったんです。だから、その時に自分の周りに誰がいるかもそうですし、プロレスラーって常にケガと隣り合わせで、もう本当にワンミスで1年欠場とかある職業なので、やりたいと思っていたことができないのが普通なんです。これは普通の職業とはまったく違うことで、予定していたものが変わるのが普通。

そうですね。

ウナギ だから、東京ドームでこれをやりたいというよりは、東京ドームを決めた時に自分が何にときめくのかという方が正しいですね。

ときめきですか。

ウナギ はい。これ、絶対におもろいって思ったことをやりたいので。大きい会場になるとある程度は絶対に必要なものもあるのかもしれないですけど、常に自分がその時点でときめいてやりたいと思ったことをやっていく。これって、普通の会社の人じゃ考えられないですよね。計画を何もできないんですから。

組織は計画立てて動くものですからね。

ウナギ 普通は企画しないと進まないのに、思いついちゃってやっちゃうことが多いので。だからこそ私、団体は無理なんですよ。本当に自分がやりたいことを思いついたり、いろんな人に言われたり、出逢いと別れがあって、結果そうなっているだけなので。今は7ヵ月連続自主興行をやるのは決まっていて、たまたま1本目が1600万借金した中で、でも東京ドームに近づきたいけど、両国の動員すらできない現実を知って、東京ドームが離れちゃったなって思って。それなら物理的にでも東京ドームに近づきたいと思って東京ドームの目の前で興行をやるっていう(8・2東京ドームシティアトラクションズ・バイキングゾーン芝生広場)。その最後が2月1日の後楽園ホールなんですけど、それまでの新宿FACEの5大会はどうしようかとなった時に、これも本当に思いつきだったんです。自分が直接深いお付き合いをしているわけじゃないんですけど、女子プロレス界にとって重要だった5人が一気に引退していく。ほぼみんな、自主興行をやったことがない中で、引退するからそれをやるという人が多いけど、私は自主興行のキツさを一番理解していると思うんです。後楽園も新宿FACEも両国国技館もやっているので「一番楽しかったー!」という感じになるのは難しいと思うんです、やることが多すぎるので。だから、その前にこの人が主役で楽しいだけの興行を一回やれたらなというのを含めて、新宿FACEは引退する5人をメインにしてやりたいと思いついたんです。

9・29本間多恵(フリー)、10・21加藤園子(Ozアカデミー)、11・19宮崎有妃(プロレスリングWAVE)、12・25優宇(センダイガールズ)、1・9世羅りさ(プロミネンス)と、引退する選手はただでさえスケジュールが詰まっている中で5人とも実現させるのも大変だったと思われます。

ウナギ 一人でもこのオファーを受けられない…プロレスラーって本当に365日いろんなところで試合しているので、ドンピシャのオファーってけっこうできないんです。でも、一人でも断られたら全員やらないようにしようと思っていました。それが、シングルマッチはもうやらないって決めている人もいた中で、これを受けてくれたっていう。周りの人も大変ですよね、思いつきすぎて。決まっていないし、これどうすんの?みたいな。みんな不安になる中で、そうだ、これにします!みたいな感じで決めちゃうんで。両国国技館もノリで借りました。

このシングル5連戦も、ほぼほぼ関係性がない中で引退する選手がオファーを受けたというのも、はた目から見て何が決め手だったのかと思うんです。

ウナギ もちろんそれに向けてたくさん話していく中で生まれたものもありますし、あとはそこの感覚がたぶん、私は常人の考えじゃないのかもしれないです。そんなもん、作ればいいじゃんって。結果的に本当に作れたと思うし。その5人をメインにするとはいえ私の興行なので、自分自身も引退する前に闘ったことなかった人たちとやりたいというところから始まっているわけで…引退する人とやることに関する後悔が自分の中にあって、特別仲がよかったわけではないんですけど、スターダムをクビになったあと、ひめかが引退するとなって引退ロードを進む中で悔しい気持ちしかなかったんです。この人が引退するまで、指をくわえながらやめていくのを見守るしかなかった。あの期間が、思っていたより辛くて…だから、そうなるんだったらちゃんと試合をやって、寂しいなとか言うだけじゃなくて、ちゃんと関わってちゃんと終わろうっていうテーマもあったんです。

挑戦するには遅いということは
1ミクロンもないと世間に証明したい

そうだったんですね。

ウナギ 関わりはなかったにしても私、プロレスめちゃくちゃ好きなんで、やめていく人たちもプロレス好きな人たち同士なんだから、接点があろうがなかろうが楽しくないわけないじゃんって。だから、この5人に関しては、なんて言うんだろうな…ちゃんと自分の中でも心を決めて見送れたなっていうのはすごいありますね。本当に心おきなく引退を見届けられた。

引退を控えている選手たちの試合はおのずとエモーショナルなものになるわけですが、ウナギ選手自身、そういうプロレスならではのものを味わいたかった部分はあったんでしょうか。

ウナギ ウナギ・サヤカとして言うならば、エモーショナルなものよりもプロレスラーを引退して自分のプロレスラー人生を振り返った時に、あの興行がメッチャ面白かったって振り返ってもらえる興行にしたいというのはありました。私自身、引退を決めた選手とやることで感じたものはいっぱいあるし、その人との一番いい闘いをできたんじゃないかと思います。

このシングル5連戦を終えた以後に関しては?

ウナギ 基本、自主興行は一話完結のものとして提供しているんですけど「ぱぱぱ令和パーティー」と「ZAMAS(ザマス)軍団」というユニットがあって、ぱぱぱは令和付近デビューレスラーのチームで、けっこう中堅的な立場の選手だったり3年ぐらいの子がいて先輩に言われて何も言えなかったり、潰されたりと悔しい思いをしてきている中で、それをひっくり返してやろうぜっていうのがテーマなんです。ZAMAS軍団は、女子レスラーと言い張るおじさん集団で、その闘いが両国からずっと続いています。ぱぱぱにはいろんな団体の子だったりフリーの子だったりがいて、みんなバラバラにやっている中で今、ようやく一つになってきてみんなでひっくり返すって思えて進められているので、もっとやっていきたいと思いますし、あとは2月1日後楽園ホールが「金の園」の決勝戦(プロレスラーが一人25000円を持ち寄り、賞金100万円を賭けて闘う)なんですけど、もっと金額を増やして賞金をいっぱいもらえる試合にしたいと思うし…ほかにもまだ言えないことがいっぱいありますよ。12月31日には「ももいろ歌合戦」に出てももクロちゃん(ももいろクローバーZ)とまさかの一緒にライブすることになったのも含めて、プロレス以外でもやっていかないと。まだまだプロレスの一般的認知度は低いと思っているので。プロレス界でウナギ・サヤカはたいていの人が知っていても、一般人が知っているのかといったら知らないわけだし。2026年はそこを圧倒的に上げていけるウナギ・サヤカになります。

アイドルの世界にいた自分がももクロと共演するシチュエーションを客観的にとらえてみてください。

ウナギ それで言うとプロレスラーになってから変わったことが多すぎて。グラビアをやっていた時代、紙の写真集なんて絶対出せないと思っていたのがプロレスラーになってから出せたり、いろんな芸能人にも会って興行に来てくれるようになったりで、あの頃グラビアやアイドルでムチャクチャもがいていたのはなんだったんだろうってなるぐらい、プロレスラーになってからかなうことがすごく多くて。だからプロレスラーとしてとかじゃなく、私は今年で40歳になるんですけど、挑戦するには遅いということは1ミクロンもないということを世間に証明したいというのはすごく思っていて。突き抜ければなんでもできる…自分のスローガンなんですけど「なんでもできる。なんにでもなれる」っていうのが自分の生き方だと思っていて。自分でできるって信じていれば、やるって決めていればなんにでもなれるっていう…自分がアイドルだった時、ももクロちゃんと同じステージに立つとか、12月31日に日本武道館でライブすることなんて絶対にあり得なかった世界だったわけで。すごいですよね無限すぎて。

その無限が東京ドームにまで広がれば、

ウナギ 東京ドームでやりたいって公で言っているプロレスラーって、けっこういますよね。その中で、そこへたどり着くまでにある現実や大変さは私が一番理解できていると思っていて。単純に何が必要で、このお金が必要でというリアルな部分まで理解している人って少ない。その面を知っていて、かつリングにも立っているのはウナギ・サヤカしかいないと思っているので、そこも噛み締めながらね…やっぱり、いろんな人がいろんなやり方で関わってくれて、いろんな出逢いがある。だから私は「こいつは面白い」って出逢う人すべてに思われたいし。その連続でずっといろんなことを続けていきたいなって思っているだけなんですよね。言い続けていたら助けてくれる人が現れる、その連続なので。本当に計画的にできないし、なんとかなるって思いすぎちゃって、なんともなっていないこともたくさん経験しているんですけど、それとともに生きていきたいなとは思うんです。

プロレスラーになった結果、こうしたものが実現しているわけですが、そこはプロレスならではのパワーを感じますか。

ウナギ そうですね。いや、だから不思議ですよね。世間一般の考え方で言ったら、やっぱり勝たないと未来はないわけで。格闘技やオリンピックにしても勝てないとたどり着けないものがすごく多い。プロレスも、もちろん負けていいわけではないんですけど負けることも見せられる世界というか。負けることによってしか見せられない世界もちゃんと見せられる。それってすごい職業だと思っていて、そこを勝つまでみんなに見届けてもらいたいと思っているし。プロレスだけだと思うんですよ、こんなに年齢が離れていて、こんなにキャリアの違う人とこんなに体格差があって、なんなら男女も違うのに一緒の試合で闘えるっていう。本当にプロレスってすごいなって私は思っていて、そこをいろんな人に知ってほしいんです。