スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ発行)のスポーツ(バトル)コーナーでは、毎月旬なゲスト選手を招き、インタビューが掲載されています。現在発売中の2016年3月号には、松竹芸能/DDT準所属のスーパー・ササダンゴ・マシン選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!
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※鈴木健.txt氏 twitter:@yaroutxt facebook:facebook.com/Kensuzukitxt
DDTがこうなるのは
最初の両国の時点で
見えていましたよ
スーパー・ササダンゴ・マシン(松竹芸能/DDT準所属)
心技体の“心”はある
無差別級を獲り「世界」へ
―今年は初の年2回開催となるDDTの両国国技館大会です。最初の両国(2009年)を開催する際の言い出しっぺが当時、プロレスラー兼映像班として所属し、現在は新潟の金型工場専務を務めているマッスル坂井さんでした。
ササダンゴ キャンプ場プロレスへ向かう車中で僕が「やりましょう!」ってずっと言ってて。高木(三四郎)さんは「無理だよ! ぜってーやらねえよ!」って首をタテに振らなかったんですけど、1カ月ぐらい言い続けたら「じゃあやるか」ってなったんですよね。それが今ではねえ…すごいですよね。今思うと、リスクを負う代わりに売り上げのパーセンテージをもらえる契約をしておけばよかったなと。
―馬車馬のように働き続けるだけだったんですね、当時は。
ササダンゴ 決してそんな真面目な社員ではなかったですが。でも、大きくなってくると「DDTは変わった」って声も出てきますけど、僕は良い部分に関しては全然変わってないと思うし、興行をやる上での制作スタッフのチームワークや経験値はどんどん増えているんで、僕らは好きなことや新しいことにビッグマッチでチャレンジできる。その意味でもやり甲斐がありますよね。
―その言い出しっぺから見ても、数年後に年2回開催できるようになるとは予想していなかったでしょうね。
ササダンゴ そんなことないですよ! うまくいくと思ったから、やりましょうと言ったわけで。
―ええっ!? 2009年の時点で今のようになることが見えていたと。
ササダンゴ むしろ(時間が)かかったかなーっていうぐらいです。ヴィジョンは見えていました。
―その描いていたヴィジョンと実際の形を比べてどうでしょう。思い描いていた風景通りなのか、それともそれ以上のモノになっているのか。
ササダンゴ プロレスのエンターテインメント的な部分がDDTは評価されていましたけど、だんだんアスリート色が強くなってきて、DDTのプロレスを勝負論で楽しんでくれるような…ワクワクドキドキしながら見守ってくれるようになるんじゃないかって当時から思っていたんですけど、そこに関しては本当に描いていた通りになっていますよね。
―文化系プロレスと呼ばれたDDTが、アスリート色でファンを惹きつけるようになると7年前の時点で予見していたと。
ササダンゴ だから僕は一回退いた(引退=2010年10月6日)んですよ。
―2009年の時点でそれを口にしていたらもっと信憑性があったのに…なんで言ってくれなかったんですか。
ササダンゴ 『KAMINOGE』では言っていましたよ。
―その頃はまだ創刊されていなかったです。
ササダンゴ あ、もうちょっとあとにね。だから、今のDDTは理想的なシチュエーションにあります。
―そんな中、3月の両国では何をやるつもりなんでしょう。
ササダンゴ スーパー・ササダンゴ・マシンとしてDDTに戻ってきて3年半、その間に何度かベルトに挑戦させていただいて昨年はやっとKO-D6人タッグのベルトを巻くことができました。でも、パートナーの男色ディーノさんが両国では曙さんとの一騎打ちが組まれたので、今日(1月31日取材)の時点でタイトルマッチは組まれないんだなと。ただ、どんな形にせよビッグマッチで頑張ってみたいなっていうのはあります。
―それはクリエイターとしてですか、アスリートとしてですか。
ササダンゴ アスリートとして、世界…世界? うん、やり残したことは世界!
―東京ドームのバックステージで聞いたようなセリフですが…いきなり世界と来ましたか。
ササダンゴ ……と、言えるようになりたい。目指せるぐらいDDTに新しい価値をつけていきたいです。
―DDTのベルトを獲れたのは、自分にとって大きかったと。
ササダンゴ そうですね。でも2016年はね、あると思ってるんですよ…KO-D無差別級が。
―シングルの最高峰! 過去に1度挑戦して獲れませんでした(2014年6月29日、HARASHIMAに挑戦。煽りパワーポイントを初導入した日)。
ササダンゴ 私には戴冠するヴィジョンが見えています。
―ザ・グレート・サスケばりの予言者っぷりですね。
ササダンゴ DDTの顔になるという覚悟もできています。
―心の準備はできていると。
ササダンゴ あとは技と体…スタミナの準備だけです。心の準備はもうバッチリ。
―3つのうち1つしか揃っていないですよ。
ササダンゴ 心技体の“心”だけですね。でも、今まではゼロでしたから。0と比べたら1は大きな一歩でしょ。1は3倍になりますが、0は3倍にしても0でしょうが。僕が一番弱いのは心ですからね!
―そこをドヤ顔で言われても。
ササダンゴ まあ、体は見ての通り恵まれていますし、技も垂直落下式リーマンショックという3回出せば相手の体力をすべて奪える(1回につき35%奪える=ササダンゴ比)ものもありますし。出していない技もあります。
―出していない技があるんですか!? ドロップキックと首投げとリーマンショック以外にも使える技があると。
ササダンゴ じつはまだ出していなかっただけです。オリジナルの技はすでにできています。見せるとしたらタイトルマッチとか、そういう機会ですよ。両国に関してはKO-D無差別級タイトルマッチは組まれてしまっているんで、そのあとから狙いますよ、無差別級を。差別、なくしたいでしょ!
―あー、ササダンゴは無差別級王座と無縁だというようなレッテルを変えたいですよね。
ササダンゴ はい。現在のアスリート色が強いDDTで結果を出したい。もう僕も38歳ですから、年齢的には一番脂の乗っている時期に入りかけたところだし。
映画製作、増える露出に金型業務
やりたいことがやれるのはこれから
―ただ、その一方ではクリエイターとしての業務があまりに忙しすぎて、3月公開予定の映画『俺たち文化系プロレスDDT(仮)』の編集が間に合わず延期になってこっぴどく叱られるぐらいに忙しいんですよね。
ササダンゴ ……。
―テレビの地上波には出まくり、煽りパワーポイントのDVDもリリースされ、NHK Eテレの『高校講座』にもレギュラー出演が決まり、もちろん金型工場専務としての業務もあると。そんな状況でアスリートとしてよい結果が出せるんでしょうか。
ササダンゴ えー…2月と3月はひたすら技と体方面の準備に専念させていただきます。リング外の仕事に関しては、ほぼほぼ締切は守っています。映画に関してはこれからですけど、それ以外はDVDも予定通りリリースされますし。
―とはいえ、これほど売れっ子になったら想定外の仕事がどんどん入りそうじゃないですか。それを思うと、とてもじゃないですが技と体を揃えるのは難しいのではないかというのが業界識者の皆さんの見解です。これはうがった見方でしょうか。
ササダンゴ いやいや、それを言ったら棚橋弘至さんとか、新日本に在籍していた頃の中邑真輔さんとか、真壁刀義さんとかはもっと忙しいですから。
―あの方々はすっかり心技体が揃っていますからね、ササダンゴ選手と違って。別に今から増やす必要のない皆さんです。
ササダンゴ そっかあ、俺はこれから増やさなきゃならないんだよなあ…。
―その分かかる時間は棚橋さんたち以上ですよ。それに加えて映画だ、NHKだ、バラエティーだなんだって…。
ササダンゴ 俺を責めているんですか!?
―いや、大丈夫なのか心の底から心配しているんですよ。
ササダンゴ だけどねえ…申し訳ないけどプロレスをやっている時が一番楽しいんですよ(しみじみ)。
―だから復帰しちゃいましたもんね。それにしても、よく時間のやりくりができていますね。
ササダンゴ いや、できてないんですよ。ただ、最悪の事態は招いていないんで。発注されたものに穴を開けたりとかは…。
―でも、じっさいに3月公開予定だった映画が夏に延びています。
ササダンゴ そこなんですけど、3月公開だって僕は言ってないんですよ! 言ってないから本当は謝る必要がないんだけど、謝れって言われたから謝ったんですよ(1・31後楽園でパワポを使ったプレゼンという形で観客に対し謝罪する)。
―かわいそうですね。
ササダンゴ かわいそうなんですよ! DDTとしても謝りたかったんでしょうね。誰か謝れるやつはいないかとなって、僕に白羽の矢が立ったんです。
―謝罪スキルを認められたんですね。
ササダンゴ そうですよ。
―まあ、こうしてリング外も充実しまくっているわけですが、そんな現状をご自身はどう受けとらえているんでしょうか。数年前までは考えられなかったですよね、この露出の多さは。
ササダンゴ 松竹芸能のマネジャーさんが敏腕なんでしょう。想定はしていたんですけど。
―どれぐらい前からですか。
ササダンゴ 今年の「ネットプロレス大賞」の結果(ネットを通じプロレスを楽しむファンの投票により決められる賞で、11・17#大家帝国興行が最優秀興行に、また最優秀プロレスを伝えたで賞にて自身が総合監督を務めた『劇場版プロレスキャノンボール2014』が2位に、スーパー・ササダンゴ・マシンとしても5位に選ばれる)を見てからですね。
―わりと近々(1月14日発表)ですよ。露出できるのはもちろん嬉しいですよね。それこそ来た話は断らずに…。
ササダンゴ それがけっこう、スケジュール的に断らざるを得ない仕事もあって。テレビって、収録日が重なるんですよね。だいたい火水木金に固まる。さすがにずっとは出てこられないじゃないですか。
―金型業務がありますもんね。家業との両立はできているんですか。
ササダンゴ それを聞かれると耳が痛い。(小声で)怒られています。
―ササダンゴ商会(ササダンゴのグッズを販売しているシンジケート)の収益を入れても怒られるんですか。
ササダンゴ そこにも闘いがあるんですよ、親子の。
―でも、DDTにひと山いくらの大部屋レスラーとして所属していた頃の自分を思えば、夢のような状況じゃないですか。こういうモノを求めていたんですよね?
ササダンゴ 求めていたかなー…まあ、求めていました、求めていました。マスクマンになるとは思っていなかったですけど。
―DDTがステップアップしているように、ご自身もどんどん世間的ステータスをアップさせていっています。
ササダンゴ それまでが長かったですが。ただ、僕はプロレス界の発展とか、DDTをもっと知ってもらうとか、そんな大層なヴィジョンは持っていなくて、単純に楽しいからやっているんであって。テレビ番組のスタッフの皆さんが真剣に番組を作っているのとプロレスの現場って似ているんじゃないかって思っているんです。だから僕がプロレスで表現したい部分と、バラエティー番組で表現したいものは近いからやり甲斐はあります。試合で闘っているのと感覚は同じですよね。
―闘っているというのはプロレスというフィールドの外にいるツワモノたちと…ということですか。
ササダンゴ 面白い人、表現力がすごい人と闘えるのは僕にとって新日本プロレスやWWEにチャレンジするようなものなんです。そういう気持ちで芸能の仕事をしている部分はありますよね。
―いやあ、ケーブルテレビで働いていてそれが縁でDDTに入って森谷俊之さんや鴨居長太郎さんを追っていた人間が、ダウンタウンと共演しているわけですから、世の中何がどうなるかわからないです。
ササダンゴ やっていることはあの頃と変わっていないと思うんですよ。
―そうですよね。そこが昔から見てきたプロレスファンにとっては嬉しいところです。あの頃に面白いと思っていたものが世間に届いたんですから。
ササダンゴ 自分のスタイルをそのままやれるようになるのって、時間がかかるんですよ。だから、これからなんですよね。ここからやりたいことをたくさんの人にやってもらってできるようになるんです。
―まだ、やりたいけれどもできていないことってあるんですか。
ササダンゴ 映画にしてもやれたからといって、作って終わりじゃないでしょう。やっぱり、ミッキー・ロークの『レスラー』みたいなのを作って、それを『男はつらいよ』のように毎年やれるようにしないと。『インディーレスラーはつらいよ』っていうね。そのために松竹に入ったんで。