スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ発行)のスポーツ(バトル)では、サムライTVにて解説を務める鈴木健.txt氏が毎月旬なゲスト選手を招き、インタビュー形式で連載中の「鈴木健.txtの場外乱闘」が掲載されています。現在発売中の2021年11月号では、第91回ゲストとしてスターダム・林下詩美選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!
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唯一の趣味だったプロレスを
職業にしてしまったので…
家族が趣味ですかね
林下詩美(スターダム)
自分のことだけでなくスターダム
全体のことを見る余裕ができた
前回取材させていただいたのは2019年9月で、デビュー1年で4つのベルトを獲得するという幸先のよいスタートを切ったタイミングでした。あれから2年のキャリアを重ね、現在は最高峰のワールド・オブ・スターダム王者に到達しています。
林下 あの時はデビューして1年ということで、自分のことで精一杯な中で4本もベルトを持って頑張っていた感じでしたね。今ではベルトが1本になったこともあると思うんですけど、自分のことだけでなく周りのこと、スターダム全体のことを見る余裕ができたとは思います。
団体全体のことを考えるようになったのは、赤いベルトを獲ってからですか。
林下 そうですね、獲ってからそういう気持ちが強くなりました。団体で一番のベルトを持った者としてやっていかなければならないことを考えることによって、意識が変わったと思います。
一本のベルトによって意識が変わるものなんですね。
林下 プロレスラーとして大きく成長させてくれるものですね、ベルトって。周りを見ることで同期や自分より下の人のことをよく見るようになりました。それによって、スターダム全体のレベルを上げたいという意識も芽生えましたし。それまでは“ビッグダディの娘”という見方をされる中で自分が頑張らなければというだけだったのが、他人を理解し、みんなでという気持ちの方が強くなって。最近のスターダム全体も、そういう意識が高まっているんだと思います。それまでは個々の感じが強かったのが、今はそれぞれがそういう考えになってきているように思えます。前はもっと各自が自由で、緩かった部分もあったと思うんですけど。
そうしようと誰かが呼びかけたのではなく、自然とそうなっていったんですか。
林下 いくつかのきっかけはあったんだと思います。ミラノさん(ミラノコレクションA.T.)に教えていただいたり、メディアにいっぱい出るようになったり、SNSのフォロワー数が増えたり、声をかけられるようになったりと、そういうところからだんだん意識が変わっていったんだと思います。
ああ、街で声をかけられることがあるんですね。
林下 お姉ちゃんのところへいく時とか。前より増えました。私、リング上と外では全然違うんで恥ずかしいんですけど、知っててもらえるのは嬉しい。
OFFの時に声をかけられると嬉し恥ずかしい。
林下 私はキョロキョロしちゃいますね。ありがたいことなんですけど。
その全体を見るようになった中で、現在のスターダムはどのように映っていますか。
林下 個人個人のレベルが上がってきていて、前は第3試合ぐらいまでは心配になることも多かったんですけど、最近は第1試合からレベルが高いですし、満足度も違う。来ていただいているお客さんの数、会場の大きさもプロレス団体でもトップレベルだと思います。
以前はキャリアの短い人たちの試合が心配だったと。
林下 それが今はミラノさんに指導していただいていることもあって、個人のレベルが上がりました。試合数が増えてきたことで練習量が増えているわけではないんですけど、前までは全体の練習という感じだったのが最近は下の人を育てるための練習が中心になっているので、底上げを全体で力を入れてやれているんです。
注目度が高まったり大会場での試合が増えたりした分、そこに見合うものを見せなければという姿勢によってそういう方向性になっていったんでしょうか。
林下 はい。お金を払って見に来ていただいているものである以上、メインやセミは当たり前として、第1試合や第2試合でもプロレスはすごいと思ってもらえるような試合をしなければダメだと思うんです。
その姿勢が下の世代にも行き届いているのは理想的ですね。
林下 中でも上谷(沙弥)は自分とまったく違うタイプで、よく飛べるし手脚も長くて度胸もある。彼女は仲間でありパートナーでありながらあせりを感じさせてくる存在だと思います。スターダムの選手は全員が違った個性なので、必ず自分の好きな選手が見つかる。だからこそ、生で観戦してそういう対象の選手を見つけてほしいです。
この1年ほどで日本武道館、横浜武道館、大田区総合体育館、大阪府立体育会館、大阪城ホールと大会場での大会が増えていますが、リングに上がるプレイヤーとしてはどう受け取っていますか。
林下 こんな大きなところで!?という心配もありますけど、今は嬉しい気持ちの方がまさっています。これを続けていく中で、それぐらいの会場でやることを当たり前にしていかなければならないと思います。
柔道をやっていた詩美さんにとっては、プロレスラーとしてというものに付随して日本武道館に立てたのは感慨があったと思われます。
林下 私は全然強くなかったのでそこを目指そうというのはなかったですけど、やっぱり柔道をやる中で日本武道館というのは特別な場所でした。ファンの頃、どの団体かは忘れちゃったんですけどお兄ちゃんに連れられて一度だけ見にいったことがあったんです。ただ事が大きすぎて、けっこうギリギリまで日本武道館って他人事のような感覚で現実味がなかったんです。入場して、広さとか客席を見て実感がじわじわと湧いてきて。ホント、人生何が起こるかわからないですよね。キャリア3年弱の私と2年にも満たない上谷で最高峰のベルトを懸けて日本武道館という大きなところでできたことによって、スターダムのレベルの高さを見せられたと思っています。
このベルトにふさわしいチャンピオンに
なれていると自分で思えるようになった
改めて考えるとすごいことなんですよね、両者のキャリアが2年半と1年半でしたから。前回のインタビューで、その日本武道館よりもいきたい会場としてあげていた大田区総合体育館も実現しました。
林下 大田区は(コロナの影響で)何度となく延期になってようやくできた大会で。そこで朱里さんと43分やって…まだ3年ですけど、一番精神的にもスタミナ的にも駆使した一戦になりました。そんな試合を朱里さんと、大田区でできたのはよかったと思います。
もちろん未経験の試合時間ですから、やってみて自分にこれほどのスタミナがあったのかとわかるわけですよね。
林下 練習でも経験していない領域で、そこからは精神力だけで闘う初めての場でした。30分時間切れになって、延長戦に入って最初はまだ余力があったんですけど、最後の方は気力だけで闘っている自分がいて、そこで限界を突破しているんだなと思えました。
その後、9・4新宿でも20分ドローとなりました。ここにきて朱里選手が自身の物語の中で重要な登場人物となっています。
林下 スターダムに参戦してきた時点で「うわぁ、朱里さんだ!」ってなりましたけど、 この1年ぐらいで林下詩美になくてはならない存在と思うようになっていますよね。朱里さんもスタミナがすごい上に、私よりも経験していることの量がケタ違いにあるし、それによる気落ちの差が埋められないから勝てていないんだと思います。
今は「勝てないな」なのか「朱里さんとここまでやれた」なのか、どちらに受け取っていますか。
林下 去年の5★STAR GPで初めて対戦した時は、自分もファンの頃に見ていた方なのであの朱里さんとドロー!って思ったんですけど、今はなかなか勝てない対象になっています。ただ、朱里さんと試合をすることによって自分自身が知らなかった底力、能力を経験できた部分もありますよね。
こういう試合が続かなければ経験していないことですからね。それによって、チャンピオンとしても成長できたでしょう。
林下 去年の11月に岩谷麻優という大きな存在からベルトを獲れて、これからのスターダムを背負っていかなければならないというプレッシャーもすごかったですし、いろんな声もあったんですけど、1年近く持ち続けることによってこのベルトにふさわしいチャンピオンになれていると自分で思えるようになりました。私は回数を重ねることによって自分でつかんでいるところがあって、防衛回数を重ねる中で闘った相手の気持ちも背負うことによって強くなれていると思っています。あのベルトは、スターダムの人間であれば誰もがほしいと思うものであって、挑戦するまでいろんな思いと試合を積み重ねてきてようやくタイトルマッチが実現する。そこで負けたらまたすぐに挑戦とはならない中でみんながその一度に賭けている。
すさまじい念を持って挑むでしょう。
林下 そこまでの思いをぶつけてこられたら、勝った者としてその人の意思をベルトとともに引き継いでいかなければならないので。
他者の気持ちを背負うのは…重いですよね。
林下 防衛した回数の人数分の思いがどんどん増していって、それを背負うのは大変ですけどチャンピオンのやるべきことだと私は思っています。
20回防衛したらのべ20人分の重さですよ。
林下 それが大変というだけではなく、私を強くさせてくれるからです。私、精神面は強くない方なんです。だからこそ、闘った相手の思いによって精神面を強くさせてもらっている。じっさい、今までそうやって防衛を続けられてきたので。
以前に詩美さんは精神的に強くないと発言されていて…ワールド・オブ・スターダム王者としてその面で強くなれたという実感は得られているんですね。
林下 ああ、言っていたでしょうね。私はずっと自信がないタイプで、防衛を重ねていく中で「こんなすごい人たちとやって防衛できたんだから、私は大丈夫」とだんだん思えるようになっていったんで、そこで強くなっていると実感できています。
現時点で12月29日の両国国技館までビッグマッチの日程が発表されていますが、詩美さんはそこまでの長いスパンで自分のやるべきことを見立てるタイプですか、それとも目の前のテーマに集中するのか。
林下 私は次の防衛戦が決まった時から、気持ちがそこにばかりにいくタイプです。それは、考えすぎちゃうことでもあるんですけど。何かにつけてそのことばかり考えてしまう。ベルトを4本持っていた時は目の前のことをやるのに精一杯でしたけど、もしも今、同じようにベルトを何本も持っていたら精神的に崩れてしまうと思います、一つひとつに対し考えすぎちゃって。
抱えすぎないよう、力を抜けるところは抜いた方がいいのでは?
林下 あまり…抜きたいくないので。
抜かなくていいんですか?
林下 チャンピオン、抜いているなと思われたくないので。
これほどやっているんですから、誰も思わないですよ。
林下 うーん、昔から「ビッグダディの…」と言われていて、それに頼りたくなくて頑張っているところがあって、今もチャンピオンだからちゃんと頑張るというのが自分で見てもありすぎるなとは思います。たまにそれで考え疲れしちゃって。家族といる時は三女・林下詩美としていられるんですけど。
それ以外で背負っているものを降ろせることはしていますか。
林下 ……いえ、特にこれといった趣味もないので家族といることだけですね、唯一の趣味だったプロレスを職業にしてしまったので、たぶん同じぐらいの趣味はもう出てこないですね。家族がいるからいいなと思っちゃう…家族が趣味ですかね。
三女・林下詩美はクールではなくとも
Queens Questの林下詩美はロイヤルで
家族が趣味ってあまり聞いたことがないですよ。
林下 唯一のプロレスラー・林下詩美から抜けられるのが家族なので…ただ同じ空間にいて、他愛もない話をして、ご飯作って。ちっちゃい頃から一緒にすごしてきた時間をそのまま今もやれる。同じユニットの選手とご飯を食べにいって楽しい時間を味わったりもするんですけど、昔から家族第一のところがあるので。
ご家族の方から「頑張って」「期待しているよ」とプレッシャーをかけられることはないんですか。
林下 それがないんです。朱里さんと大田区でやった時も「勝てるんだから少しでもいいところを見せて来いよ」というように、素直に頑張ってと言えない人たちなので。その方が気楽でいられるからいいです。
そういうものなんですね。そうやってチャンピオンの座を務める中、女子プロレスに対する認識がいい方に変わってきている実感はありますか。
林下 それは最近になって思うようになりました。それまでは、プロレス自体があまり知られていないと思う中で少しずつ知られるようになってきて、それでも男子の方が中心だったと思うんですけど、新日本プロレスさんの1・4&1・5東京ドームにスターダム提供試合として出させていただいたり、この前のメットライフドーム大会にも出させていただいたりして、男子しか見ない方々にもスターダムの存在を知ってもらえたことをSNSで感じました。自分がそうだっただけに…私も最初は男子のプロレスしか見ていなかったのが、初めてスターダムを会場で見た時に女子プロレスってすごいと思えたんです。
プロレスラーとして、影響を受けている他ジャンルの人は誰かいますか。
林下 Snow Manの宮舘涼太さんですね。キャラクターが国王みたいな方で、ロイヤルで動きも美しく上品で、初めて見た時にQueens Questっぽいなと思ったんです。そこから影響を受けて自分もクールにロイヤルに美しくと言っていますし、勝手に今のプロレスラー・林下詩美はけっこう影響を受けています。前はQueens Questもクールでカッコいいユニットと言いながらもリング上でニコニコしていて、素のまま楽しくやっていた時期もあったんですけど、宮舘さんによって今の私になりました。ずっとQueens 感を出したいと思いながら、でもどうやったらいいかがわからないままだったんですけど、仕草や気持ちの余裕がそういうことなのかと学びました。
余裕って大事ですよね。
林下 そうなんです。余裕がある人こそがロイヤルに映りますし、それが動きにも出ますから。
それが冒頭にも出た“余裕”の正体ですね。
林下 一個一個をちゃんとあせらずに考えられるようになりました。私はあまり表現力がなくて、普段も顔に出ないし喋り方も棒読みだってよく言われて。
そんなことはないですよ。
林下 普段の喋りが棒読みだって。だから宮舘さんを参考にさせていただいて。
じっさいのところ普段の詩美さんはクールなんですか。
林下 クールではないです。騒げるところでは騒ぎたいしはしゃげるところでははしゃぎたい人間なんですが、それは三女・林下詩美さんであって、Queens Questの林下詩美はクールでカッコよくてロイヤルでありたい。紫雷イオさんのように、私が見ていたプロレスラーはリング上で輝いていてカッコよくて、こんな人になりたい!と思わせてくれたので、自分もリング上ではそういう存在でありたいんです。まだ成長期なのでここで止まりたくないし、プロレスラーとしての自分を確立させるのはこれからなんだと思います。
最高峰のベルトを獲ったことでそれ以上はない中、詩美選手は何を一番のモチベーションにして続けているのでしょうか。
林下 赤いベルトを持って入場している時点でのお客さんの視線によって自分がスターダムのトップであることを感じられていて、それを一試合ごとに体感しないと私はどんどん気持ちが下がっていってしまうかもしれないです。だから、プロレスをしていないとやっていけないですね。
モチベーションを持つとかそういう次元ではなさそうですね。
林下 プロレスラーじゃなくなったら、私は何もできないです。今は、赤いベルトの最多防衛記録(紫雷イオの14回)を超えたいです。あこがれの選手でもありますし、その人の記録ですから。