鈴木健.txt/場外乱闘 番外編

スカパー!公認番組ガイド誌『月刊スカパー!』(ぴあ発行)のスポーツ(バトル)では、サムライTVにて解説を務める鈴木健.txt氏が毎月旬なゲスト選手を招き、インタビュー形式で連載中の「鈴木健.txtの場外乱闘」が掲載されています。現在発売中の2023年10月号では、第111回ゲストとしてみちのくプロレス・フジタ“Jr”ハヤト選手が登場。誌面では惜しくも載せられなかった部分を含めて大公開!!

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※鈴木健.txt氏 twitter:@yaroutxt facebook:facebook.com/Kensuzukitxt

フジタ“Jr”ハヤト(みちのくプロレス)x鈴木健.txt 場外乱闘 番外編

生きる上での支えのプロレスを
やめたいと思った現実について

フジタ“Jr”ハヤト(みちのくプロレス)

ヒロム君はメリットがないのに
プロレスが好きだから俺を拾った

熱望していた髙橋ヒロム選手とのシングルマッチが東北(みちのく10・15矢巾町民総合体育館大会)で実現します。そもそもこれは、昨年7月1日の復帰戦を前にサムライTV『速報!バトル☆メン』にヒロム選手が出演した時、ハヤト選手が視聴者メッセージを送ったところから始まり、本当にここへつながった形です。

ハヤト 送って、拾われた時点でこれはやれると思いましたね。あの時はツイッターかホームページ経由かの2択で、ツイッターだったら普通に自分だってバレちゃって面白くないから、ホームページを開いて打ち込んで、拾われたらラッキーみたいに思っていたら本当に拾われて「やっぱ俺、持ってんじゃん!」ってなりました。

誰かが出演しているのを見て自発的に動くこと自体、それまでなかったですよね。

ハヤト もちろんなかったです。実際、いつもだったら何も思わずに見ていたと思うんですよ。それがちょうど、自分が復帰するっていう映像が流れる時のゲストが髙橋ヒロムで。今一番ジュニアの中で輝いている人が出ているのに、ここに噛みつかないで誰に噛みつくんだよって思って。イギリスで会ったことがあるのもあったし、そういうタイミングがすべて重なった瞬間だったので動きました。

仮に自分の映像が流れる日でなかったり、ヒロム選手がゲストでなかったりしたら今回実現したかどうか。

ハヤト どこかしらで髙橋ヒロムっていう名前を出していたとは思いますけど、直接本人に気持ちを伝えるっていうのはなかったでしょうね。

自分で動くほど強烈に惹きつけられるものがあったわけですね、プロレスラー・髙橋ヒロムに。

ハヤト 当たり前だけどイギリスで会った時のヒロム選手とは全然違ったし、欠場してプロレスをやれずにいて普通にファンとして見ている時に一番カッコよくて、一番強いって思った。あとはやったことがないっていうのが大きかったですね。強い選手なんて、いくらでも体験していてわかりきっている。だから復帰したら拳王とはやるだろうな。でも、やったことがない選手ともやりたいし、その中では髙橋ヒロムだよなって。俺がファンだったら見たいって思うカードだし、それによってもっとプロレスが話題になったり、いろんな人が楽しめたりするにはどうしたらいいかって、ずっと考えていた中での引っかかりでした。ちょうど自分の復帰が決まったあたりから、他団体の交流が一気に多くなっていった。この流れなら、あり得るじゃんって思っていましたね。

そういう時流を感じていたんですね。

ハヤト 拳剛には言っていましたね。復帰が決まる前ぐらいから、もうちょっとしたらいろんな団体の交流あるから。ここ1年がチャンスだし、ここでいかないとなって話をしていて。だからやっぱりこうなったね、ですよ。復帰してからも、ずっとそういうことばかり考えてきました。

そうした時流と自分の復帰のタイミングがちゃんと重なったのも。

ハヤト そうなるだろうって思ったんで、復帰はそのタイミングだって定めたところはありました。この流れの中に俺がいなかったら意味ないだろうって、ここに無理やり(復帰を)持っていきたいんですって病院と話して。そこは自分をプロデュースしました。

夏の矢巾にヒロム選手が来場するなど、密に接するようになって髙橋ヒロムという人間の見えた新たな面って何かありますか。

ハヤト 格闘技に対しての思いがすごく似ているんですよ。だから話しても楽しいし、好きなものやプライベートで見ているものや聴いている音楽も合うし。普段遊びにいく街まで一緒だったりするんで…実は今、ご近所さんなんです。新日本プロレスさんの道場がウチから近いのもありますけど、その近辺に住んでいるからいつもどこどこのスーパーにいっているんですって言ったら、それが向こうもいつも利用している店だったり。

じゃあ10・15矢巾はその地域でのナンバーワン決定戦になるんですね。

ハヤト 生活していたら、普通にチャリンコですれ違うでしょうね。この先ヒロム君が結婚して子どもが生まれたら、その子はおそらく俺の(出身校の)後輩になります。ウチの母親、ヒロム君のファンだからスーパーで会ったら舞い上がっちゃうんじゃないかな。だから、見かけたらお願いしますと伝えています。

はじめにありきではなく、あとからそういうものが付随してくるあたりが面白いです。先ほど自分の送ったメッセージが拾われた時点で実現すると言われましたが、交流が盛んになってきたとはいえ大手団体・新日本の選手を引っ張り出すのはそう容易なことではないですよね。

ハヤト 普通に考えたらその通りだし、これってヒロム君にとっては別にメリットがあるわけじゃないんですよ。俺にしかない。でも、すごくプロレスが好きだから俺のことも見ていて拾ったと思う。それで俺もいけると思えた。やっても話題にならないって思ったら、送っていない。そこはたぶん、俺の中で自信があったんでしょうね。

試合でいただいたお金をそのまま
電車に乗り病院へ運んでいる感覚

得体の知れない自信を持つあたりはサスケイズムを継承していますよ。それも含めて、復帰から現在までの短期間でいろんなことを実現させてきました。東北ジュニアヘビー級王座を保持し続け、復帰する時にコーチを務めてくれた日高郁人選手を相手に防衛を果たした。ジュニアオールスター戦に出場し、GLEATでもLIDET UWFのベルトを奪取。鈴木みのる、青木真也、ドラゴンゲートのYAMATOといった選手との対戦も実現させて、非常に充実しているように映りますが、ご自身の手応えはどうなんでしょう。

ハヤト 嬉しい半分、シンドいのともうちょっとこうしたらよかったなっていう思いが半分ですね。ベルト2本持っていますけど、チャンピオンという認識があんまりないというのが正直なところで。自力で獲ったのは確かだけど、復帰おめでとうのご祝儀みたいに思ってしまう。会社が俺の体のことを気にしてっていうのは、もう絶対についてくる。そうなると自分がベルトを持つことによって、タイトルマッチが組みにくいとか考えて、申し訳ないなっていう気持ちになったりして、それがシンドい。体より気持ちの方ですよね。

……。

ハヤト 復帰するまでの5年間って目標が復帰だったわけで、いざそれが果たせてチャンピオンにもなって欲が出てきて、一試合でもできるところまでやってやるってなっていったんですけど、試合をするたびに病院にいかなきゃいけないとか、ほかの選手とは違う生活が俺には待っている。さっきまで元気に人前で試合をして、カッコつけてやっていたのに、病院に向かう段階で痛み止めも切れていて自分が病人であることを実感させられてしまうんです。試合に向けて対人練習したいのに病院へいって検査をしなきゃいけないからその時間が取れない。それが毎試合ごとに待っている。そういう中で「ハヤト、大丈夫?」っていろんな方に言われて、心配していただくのはありがたいんですけど、そこに対応し続けるのが思いのほかシンドくて。そのたびに、俺はがんなんだからと自分に言い聞かせては落ち着かせ、治療を受けている。リングに立って闘う姿を見せたいって思うからリングに上がっているけど、それによってまたいろんな人に心配かけちゃうのかなと思ってしまう。やっぱ、怖いッス、とにかく。

この状況は、復帰前は想定していなかった。

ハヤト こうなる前までも怖さはあったし、この試合が終わったあとに両親や友達と飯が食えたらいいなと思って毎試合やっているんですけど、それとはまたちょっと違う怖さが常にあります。だから、試合に臨むまでのモチベーションを作るのがマジでシンドい。これが今の正直な気持ちですなんです。試合はしたいけど怖い。だけどおまえがやりたいって言って復帰したんだから怖いなんて言っていられないだろっていう気持ちと、そろそろ本当にゴールなのかなって思ってしまう自分がいたりで。

みちのく6・30後楽園のバックステージコメントで復帰から現在の間で「やめないでよかった」と発言をされていて、自分が生きる上で支えにしていたプロレスをやめたいと思うことがあったことに衝撃を覚えたんです。明らかにプロレスがあったからこうやって今生きていけているのに、それをやめようと思ってしまう瞬間があったのはどういうことなのかと。

ハヤト それは、もう常にあります。そこには本当にいろんな、いろんな思いがあって…俺だけのことだけを考えて言うんであれば、リング上で死ねるなら全然いいって俺は思っているんです。いや、絶対にダメなことなんですよ、それは。でも、そうなってしまうこともあり得る中で、できることならそうじゃなくて、ちゃんと自分でリングを去る方がいいんだと思うようにしてやっている。それで、試合をやっている間はやっぱり楽しい。その楽しさがメチャメチャ怖い。俺の場合、両親も障がいを持っていてどんどん重くなってて、親父も数年前まで歩いてトイレにいって自分で風呂入っていたのが、今はまったくそれができない。それと比べたら俺はこうやって、先生からも奇跡だって言われるぐらいに歩けて、走れて試合もできている。そういう体で2人を見送ってあげたいんで。それを考えると、体にダメージがあるのはデカすぎちゃうし、リング上で倒れる選手を見るファンもシンドいと思うし。その心配を一瞬でもさせてしまうぐらいなら、俺はやめた方がいいって思ってしまう。どっちかというと、俺の方がファンからパワーをもらってここまで来られたんで、最後ぐらい心配かけない状態で終わりたい。お客さんと一緒に元気な俺と楽しもうよっていう方が、俺っぽいなっていう。だからこれから先、長いことやるつもりはまったくなくて。どこが自分のゴールなのかを今、探る状態で試合をしている感じです。

まだ定まっているわけではいないんですね、ゴールは。

ハヤト 定めちゃうと、そこに向けての動きになっちゃうんで。俺の場合は、きっと引退ロードみたいなのはないです。無理だって思った時点でやめます。自分の中に合格ラインみたいのがあって。入場から退場まで、コメントがあったらバックステージで出して、合格ラインにいっているかどうかを毎試合判断しているんですけど、今のところは一応超えているんで続けている。でも、腰の状況(がんの手術箇所)もあまりよくなくて、再発傾向になりつつあって薬で抑えてっていうのをやったりするんですけど。今、神経部分を自分の血液でつなげているんですけど、それが受け身とったり蹴りのひねりがあったりすると切れてきちゃうんです。なので1時間半から2時間ぐらいで終わる内視鏡手術で、また上を切って血液出してっていうのをやっているんです。それが1、2ヵ月に1回で、試合が2週間空けば1週間入院で1週間は体を試合に向けて動かせるようにするっていう作業をやる。一発目(にがんが発生した箇所)に今、腫瘍っぽいのができてきちゃっていて、それが圧迫したりつなげた神経にくっついちゃったりすると、また切らなきゃいけなくなるんで。

いや、それをルーティンで今後も続けなければいけないと思うと、たとえ自分を支えてきたプロレスであってもやめようと思って不思議ではないです。

ハヤト ただ、自分でやりたいって思ったんだから最後までやるっていう思いの方がやめたいに今のところ勝っている。シンドくてもやっている方が楽しいし、病院も乗り越えられている。俺を見るために遠くから来てくれるファンの人たちとか、それこそヒロム戦を楽しみにしている人たちもいっぱいいるんで。復帰して1年ぐらい経つけどまだいけていない会場もあるわけで、とりあえずはその待ってくれている人たちのところに一通り顔を出したいっていうのがあるから。

自分の中でのポジティブな気持ちとネガティブな気持ちのせめぎ合いが常におこなわれている。

ハヤト 休んでいた5年はやめたいとか苦しい思いに勝ち続けていたのが、今は五分五分近くになり始めている。でも体の痛さもそうですけど、伝わらないからわかりづらいとは思います。

ハヤト選手はそれをリング上から感じさせないように努めようとするからなおさらです。そうですか…ゴールはまだ定まっていなかったんですね。私はこの半年ぐらい見てきて、自分の中である程度のゴールが見えてきているから駆け足でやりたいことを実現させていっているように映っていたんです。

ハヤト ああ、それに関しては、復帰して1年ぐらいが目処かなって(医者の)先生に言われていました。「そうしないと体も含めてよけいにシンドくなるぞ」って。でも、1年やってみたらまだいけそうだ、もうちょいいけるっていう状態をズルズルと続けている自分に腹が立っている。本当に格闘技が好きすぎて、ちょっとでも自分のレベルが下がってんだったらプロって言うなっていうのが自分の中にあって、スタイルを変えたらどうにかなるみたいなことを言われたりするんですけど、俺からすれば意味わかんないッス。相手の技を受け切って、自分の技で勝つっていう美学があるものだと俺は思っているんで。受けられなくなったら、プロレスラーじゃない。それを自分の後輩たちにも教えたいんですよ。今まで闘ってきて、このタイミングで俺が去るのはこういう理由だっていうのをちゃんと後輩たちに伝えたい。動けている間にやめることで伝えたいし、俺がこうやって生きてきたリングを守ってくれっていう思いも伝えたいんで。その作業をちょっとずつMUSASHIとかにしていっている段階かなって思います。

それも自分の中でも闘いですよね。

ハヤト リングに上がっちゃうと、そういうことは考えないですけど入場してお客さんの前に出るまではずっと考えています。痛くても表には出すなって自分に言い聞かせているし、自分で歩いて控室に戻ろうって思うし。それがリングに上がったら、もう普通に楽しんでいる感じですかね。

ある意味、リングが麻薬になっているんですね。

ハヤト そうッスね。完全にやられています。

その麻薬から一歩出るとやはり現実が待っている。

ハヤト ホント、なんも楽しくないッス。シンドさしかないんで。痛いし、治療も長いし。

そこに時間を費やさなければいけないのも精神的にシンドいでしょう。

ハヤト 試合をやって、そこでいただいたお金をそのまんま電車に乗って病院に運んでいる感覚で「俺は、なんのためにこれをやってんだよ!」ってなります。自分がいっている病院って…がんセンターなんで、がん治療の小児科の子たちがリハビリ室にいるんです。そうすると「お兄ちゃん、この間の試合どうだった?」って言ってくれていた子が最近、会ってないなと思って先生に聞くと、先週亡くなったんだよって…。そういう話を聞くと、そうだよな、俺もそういう病気なんだよなって実感してしまって、それをどこにぶつけていいのかわからなくなる。それでひたすらサンドバッグを殴ったり、コーチにミットを持ってもらってレッスンをつけてもらったりするけど、蹴ったりすると当然のように自分の体が痛くなる。ずっとこのループなんで、それを抜け出すには、プロレスをやめるのが…ってなる。試合をするため病院に通うっていうのがなくなって、一般的な半年に一度の定期検査で済む生活に戻れる。その方が遥かに楽なわけで…そこは復帰するまでの5年間は考えてもなかったッスよね。

鈴木みのる&青木真也戦は
思うようにいかないのが楽しかった

復帰してみてわかったことだと。

ハヤト 好きなことがまだできているのに、やめなきゃいけないっていうのは復帰する前よりも辛い。でも、続けていたらいろんな人に心配かけるし、ファンの人たちや家族の前で俺が倒れて、立つ姿を見ることができなくなるかもしれないっていう状況を残すのは、これから格闘技を始めようって思う子たちや、プロレスや格闘技が好きで見ている人たちにそんな思いをわざわざさせる必要もないので、自分なりの決断をしなきゃなっていうのは常に思っています。

以前に「自分がやる、やりたいと言ったことを形にしないまま終わらせるのが申し訳ない。だからやめたくなっても続けられている」と言っていたじゃないですか。そこはこだわりがあるんですね。

ハヤト 俺の場合は、いつか来ればいいじゃ遅いんですよ。とりあえず発言して拾われるか。注目されるかされないかはもう放っといて、俺が思ってることは伝えていこうっていう。それがこの一年、どんどんいい感じになっているっていう感じですね、結果的に。

ヒロム選手もYAMATO選手も、向こうが拾わないと実現しないわけですよね。

ハヤト YAMATO選手はずっとリングは違えども、同じ世代として闘ってきた人間で、あえて名前を出したりはしてなかったんですけど気にはなるし、昔やったこともあるし。今になってやってみて、やっぱつええって思ったし、楽しいッスよね。

GLEATの8・4両国国技館で鈴木みのる&青木真也の二人と対戦したのも、1年前の時点では想像もできなかった。あれは大きな意義があったと思います。

ハヤト メチャクチャ大きかったです! 初めてじゃないスかね、今の状況になった自分が病人だってことを完全に忘れられた。鈴木みのるさんなんて、僕からしたら神みたいな人で、あの試合が初めてお会いして初めての試合だったんで、完全にこっちが見る側の人ですよ。そのパートナーが青木真也さんで、それこそPRIDEとかでガッツリ会場で見て、なんならサイン会にも並んだことありますみたいな人で。でも僕はKIDさん(山本“KID”徳郁=ハヤトの格闘技の師匠)側の人間なんで、あまり青木さんと仲はよくなかったって聞いていたからKIDさんの前では言えなかった思い出があって。僕らがあと入場だったんですけど、本当だったら先に入場してリング上で入場曲聴いて入場シーンを真ん前で見たかったよ!って。言っちゃうと入場前、黒幕のこっち側で俺、向こうの入場曲を聴いて超ノリノリだったんです。あそこでお二人の入場曲と僕の入場曲が一緒になった瞬間とか俺、マジ最高でした。試合がどうというより、完全に俺はオタクになっていましたね。試合中はどうしたら倒せるかしか考えてなくて。それが楽しくて、怖いとか一切なかったです。

あの試合が興味深かったのは、復帰以後は常にフジタ“Jr”ハヤトワールドを築いてきたハヤト選手が、初めて自分の世界を構築できずいるように映った点でした。その思うようにはいかないところが、見る側からすれば面白かった。でも、デビューから数年のフジタ“Jr”ハヤトはうまくいかないことばかりで、だからこそ昔の姿を見ているようで懐かしさを覚えたんです。

ハヤト そうなんですよ。自分も面白かったです。この1年間は、俺のスタイルにどんどん引き込んでいけたのが、まったく自分のペースにさせてもらえないどころか、自分の蹴りの距離にさえならなかったんです。本当に、何もさせてもらえなかったのは久々で、でもそれがメチャメチャ楽しくて。

うまくいかないのが楽しいと思えたんですね。

ハヤト 自分がお客さんとして見たら、なんもできてねえじゃんって思うでしょうけど、選手としては俺もまだまだだなって思えましたもん。やっている人が見たらわかると思うんですけど、グランドの動き一つひとつ、足首のロックの仕方一つをとっても「これ、マジかよ!」っていう感じだったんで。今がこうなんだから、まだ俺は強くなれる可能性があるんだなって。

デビューから3年を別とすると、ほとんどずっとみちのくの中でやってきたから、試合中にそう思わせてくれる相手とはあまりやらずに来ましたからね。それでも試合後はLIDT UWFのベルトを鈴木選手に掲げていました。それをやったかと思いながら見ていました。

ハヤト 内心は俺、何してんだろうって思っていましたけどね。でも、それで周りもワーッ!ってなったし、何よりみのるさんが僕なんかに食いついてくれたんだから。

そう、鈴木選手はあしらわなかった。両国国技館は初めてだったんですか。

ハヤト 2回目ですね。1回目は橋本大地君がデビューした日に第2試合で出ているんですよ(2011年3月6日。ハヤト&高西翔太&柿沼謙太&ダイヤモンド・コネリー&ニック・プリモvs越中詩郎&植田使徒&横山佳和&ズッファ&ブッファ)。うーん、いまだに慣れないですね。どこが選手の入り口なのかわかんなくなって、もういいやってお客さんと同じところから入ったぐらいで。

やはり矢巾町のように昔ながらの体育館の方がやり慣れていると。リングを降りれば大変な中、それでも続けることでこうした経験を味わえています。

ハヤト だから本当に幸せ者だと思います。いや、俺みたいな選手は普通だったらたぶんやめている。でも、続けるとこんないいことがあるよっていう。ケガで離脱してしまう選手がいっぱいいる中、もうちょっと諦めないでいこうよって言える立場にはなれたと思っているんで。来年で俺はもう20年なんですけど、その20年間生きてきたみちのくプロレスのリングを守りたいし、そういう自分の姿をMUSASHI、郡司(歩)や(日向寺)塁たちに見せたいって思っているんで、もう少し頑張んなきゃいけないんですけど…何が支えたのかわかんないッスね、辛い時は。今までの感じとはちょっと違う。初めてですね、格闘技を超える自分の思いが出てきちゃうのは。それが怖さとして出るとは、まさか自分では思っていなかったです。

4年で会話は10分…だから拳王は特別
シンドい思いを相談してきた拳剛とも

いろいろ実現する中で、めぼしいところでのゴールはやはり拳王選手ですよね。

ハヤト 間違いなく実現するし、たぶん一回やれば次もあるって思っているんですけど…なんか、ラスボスですよね。たどり着くまで諦めないですけどね。向こうも俺とやりたいと思っているだろうし、向こうは向こうで今、大変だろうけどやりますよ。今回のヒロム戦は東北でやりたいって言ってきましたけど、東京のファンにも見せたいというのがあって。それは拳王戦もそうだし、ヒロムとは組んでもいいなって思っているし。組んで誰かのチームとやるのを東京で見せたい。それが宇宙大戦争だったら面白いじゃないですか。

髙橋ヒロムが宇宙大戦争に出たら面白いです! 過去に獣神サンダー・ライガー選手も出たことがありました。

ハヤト 俺とヒロムが組んで宇宙大戦争に乗り込むとか、夢はいっぱいありますよね。でも、すべての夢がかなうのは面白くないって思う自分もいたりする。それはおそらく自分の体を考えてそうなっちゃうわけで、そこがアレですよね。そういうシンドい気持ちをどうやって自分で浄化するかっていったらもう、やれるかやれないかわかんないけどやるって言ってそこに向けていくしかない。そうやって自分を上に持っていく作業しかないんで、拳王とやりたいって言い続けますよ。

拳王選手って、ハヤト選手にとっては不思議な存在ですよね。ヒロム選手みたいに波長が合うとか、そういうタイプじゃまったくないのに。

ハヤト マジで喋らない。俺と拳王がみちのくで一緒にやっていた時期って4年間ぐらいで、その間に交わした会話って10分ぐらいですよ。おはようございます、お疲れ様でしたぐらいで。圧倒的にリング上の試合を通じて会話している方が長い。普通、それだけ試合をしたら通じ合って仲よくなって組んだりするものじゃないですか。ところが拳王とはそうならなかった。そのならないところが特別な関係なんだと思うんです。間違いなく自分の人生に深く関わってきた一人ですね。

向こうは向こうで大きな存在になりました。

ハヤト すごいと思います。大変でしょうけど、すごいと思いますね。髙橋ヒロムと同じで、拳王も俺が休んでいる間に上がってきた男。だからこそ、復帰したらこの二人を絶対に倒すって思っていました。

プロレスラーじゃなかったらヒロム選手のファンになっていたと言っていましたが、今の拳王選手のファンにはなっていましたかね。

ハヤト 金剛Tシャツを着て、今だったら真っ先に青一色にしているっていう感じでノアさんを見にいっていたと思います。

いや、今からでも遅くないですよ。その格好をしていきましょうよ。あとお聞きしたいのは、拳剛選手のことです。表向きはこの数年、流れが生じていないままです。

ハヤト 俺は試合したいッスね。一日限定復帰戦でやってもらって、あの時の感情を考えるとかわいそうすぎて、よく俺は相手をしてってお願いしたなと思います。あの試合を経て車イス生活になっているし、そういうことも全部含めて俺を見てきた人間で。復帰したし、1年ちゃんとこうやってできているから同じリングに上がってよって、この場を借りて俺からオファーします。ただ、こう言うと「俺もハヤトさんとやりたいし、組みたいですよ。でも、それって本気ですか?」って言われちゃうんですよ。なぜかというと、自分がシンドい思いしているってこととか拳剛には相談してきたんで、あいつは状況をわかっているんです。その中で「ハヤトさん、まだ俺とはやり残していますよね」って言ってくるから確かになあって思って「俺が最後にやられたまま終わっているから、やり返したいんだけど」って返すんですけどね。

いや、ヒロム戦や拳王戦と比べたら距離が近い分、実現させやすい相手だと思うんですが、それを声高に言ってこなかったのは何か理由があるのかと思ったんです。

ハヤト 一つは俺が復帰したタイミングであいつがケガしちゃったっていうのはありましたね。復帰戦も俺、会場まで見にいってあいつのうまさや強さはもちろんわかっているんですけど、現時点で俺とやっても俺には勝てないって言い切れるぐらい、今の俺はメチャメチャ強い。だから拳剛の中で「100%ハヤトを倒せる」っていう状況の時にやりたい。そうなったら教えてねっていうね。あいつの首が悪いことを知っていても、ハヤトは試合になったらやってくる危ないやつだっていうのを拳剛もわかっている。だからこそ俺もいかなきゃいけなくなる。それによって面白い試合になるのはお互いわかっているんで、そうなるための最高なタイミングを見ている状況ですね。

業界全体としての関心の高さはヒロム戦、拳王戦となると思われますが、みちのくプロレスで二人の関係性を見てきたファンは拳剛選手だと思うんです。

ハヤト そうッスね。俺がみちのくへ呼んだのに、合流して3ヵ月ぐらいで俺の方がいなくなって、ケガでケン(Ken45°)がいなくなってマンジ(卍丸)がいなくなる中、一人で頑張っていた拳剛の姿を見ていた人たちからすると、そうなりますよね。

そうして自分のやりたいことを形にしていく中で、これもみちのく後楽園で言っていたことなんですけど「明日もハヤトの試合を見られると思っていたら後悔するぞ」と。我々はそういうつもりで見続けるということですね。

ハヤト 本当にそうだと思います。そんなに甘い世界じゃないし、俺は無理だって思ったらスパッとやめる。明日そうなってもおかしくないわけで。だから今の時点では、10月15日にヒロム戦を迎えられないことだってあるかもしれない。もちろんそうさせないと思って試合をしていますけど。言ってしまうと、決まった時はだいぶ(日にち的に)先に決まったなと思いました。まだ2ヵ月半もあるのか…って。

その2ヵ月半、先ほど話したようなことと向き合った上で、自分自身をなんとかしなければいけなくなったわけですね。

ハヤト 11月にはYAMATOとのタイトルマッチ(東北ジュニアヘビー級王座防衛戦)があるし、そこまでどうすんのよって思いますけど。その前の9月にある仙台と滝沢村も、絶対に出られるかと言ったら俺はそう思っていないんで。

毎回が無事、その日を迎えられたとなるということですよね。

ハヤト 俺の場合、練習で(神経が)切れちゃう可能性もあるんで、難しいんです。入院で検査して、そこで数値がダメだったらこの先決まっている試合も出られない。それって、俺の試合を楽しみにしてくれた人たちに申し訳ないし、ヒロム戦のために温存(欠場)したらって言ってくれる人もいるけど、そうなると今度は出られない自分に自分でイラつくだろうし。難しいッスよ。自分で言っていることなのに、なんか矛盾している感があってすごい嫌だなって思います。

だからこそ、そのシンドさの何倍もの楽しさを試合で感じていただきたいと思うんです。

ハヤト やりたいって思うことはいっぱいあるんで。東北ジュニアもせっかく巻いているんで、景虎や義経がみちのくに帰ってきたり、景虎つながりでドラゴンゲートに出たりする中で、やっぱその防衛記録をヒロムが(IWGPジュニアヘビー級で)やっているように塗り替えたいって思いますし。今の俺だからタイトルマッチをなかなか組んでもらえないんだったら、ベルトじゃない何かでファンの人たちに恩返しができたらと思ったりもするし。タイトルマッチがないのが俺の体のせいだとしたら、返上して決定トーナメントをやるのもいいかもしれない。

髙橋ヒロム戦で勝利をあげれば、現IWGPジュニアヘビー級王者を倒したことになるわけで、業界的にも大きな実績になります。

ハヤト 負けたら思い出作りで終わる感じになるのが俺は嫌なんで。勝たないと意味ないし、勝てると思っている。俺は今の時代に、東北の体育館はこういう感じなんだっていうのを味わってほしいんですよ。これが好きで俺はずっとみちのくにいるんです。もちろん新日本さんやGLEATさんのような華やかなところにメッチャあこがれて、それを自分で味わいたくてこの業界に入ってきたと言っても過言ではないぐらいです。でも、みちのくの電気すらついていない入場ゲートね。あれ作ってんの、俺とマンジですからね。

自分の入場ゲートを自分で設営していると。

ハヤト お客さんとの家族感とかも含めて、そういうのを東京から来るお客さんにも髙橋ヒロムのファンでやってくる新日本プロレスのファンにも味わってもらいたい。

本当に、失われつつあるプロレスの原風景がまだ残っているのが矢巾町民総合体育館です。

ハヤト そこに髙橋ヒロムが来るんですよ。ライトがついていなくて、足元大丈夫かっていう。ヒロム君も困惑するんじゃないですかね。ライトが必要だったら、自分でコスチュームとかにつけて持ってきてください。

ヒロム選手なら、東北のみちのくならではのシチュエーションを楽しむでしょう。

ハヤト 親父と母親も矢巾に来るって言っているんです。どっちも俺じゃなくて、ヒロム君の応援ですから。親父は今でもプロレスの見方に関しては厳しくて、負けて帰ったりしたら口聞いてくれないッスから。そんな親父と母親が夢中ですからねえ。すっげースターですよ、髙橋ヒロムは。